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ハンディターミナルの検索と比較

例えばポスターのような男の人が歩いている写真が出てまして、先生は日本語は一言もしゃべらない。 例えば「これは何ですか?」「服です」「服は何色ですか?」「これは何ですか?」「ネクタイです」。
こういうことをやりました。 その次の日も行きますと、また同じことをやって、それが十分できるまでやらされる。
これでは高い授業料を払って足繁く行く必要がない。 復習が必要だ。
だからもう、ここにありますように、見た通り感じた通りをドイツ語で話すということを、まずそのように、海外で住むことについての洗礼を受けました。 それで、ともかく言葉はまずは大変だと。
しかし言葉だけじゃいけないというのが、あとから出て参りました。 マンのレポートもドイツ語。

全部ドイツ語になってしまいました。 しかし、そういうことでお互い親しくもなりますので、頑張って次の販売会議が近づきますともう、一週間前ぐらいから社長のスピーチを準備しないといけない。
四苦八苦しました。 そういう苦労をしながらやって参りました。
それでまだ一ヵ月も経たない間に、今度はここへ先週のトヨタと違って、ダットサンというのが出ていますが、日産の、オランダ日産がやっておりますディーラー会議に参加させてくれまして、ディーラー会議でスピーチをやりました。 「トーヨータイヤを頑張って売ってください」。
こういうことでスピーチをしたんですが、やっぱり苦労でですね、あとで聞きますと向こうのお客さんが「あの社長は日本語をしゃべったんだろう。 日本語ってドイツ語に似てるね」と、こういうふうな冗談を言われまして、ドイツ語のスピーチも、なかなか受けません。
公用語はドイツ語ドイツに着きまして、ドイツの会社へ行きますと、社員から「新社長に聞きますけれども、会社の公用語はどうします?オフィシャル・ランゲージは何にするんですか?」と、こう聞かれて、ドイツの会社ですから「それは当たり前だ、ドイツ語だろう。
君らが日本へ行ってドイツ語で売りに行っても誰も買ってくれないよ」。 そうしたらみんなが拍手をして喜んでくれました。
というのは前任の社長が英語しかしゃべらなかったから、ドイツ語が公用語になったら、彼らとしては非常にありがたいということで喜んでくれました。 しかしそういう中で困ったのは社長の私ひとり。
ともかく次の日から会社の中、全部ドイツ語でですね、誰も英語を使ってくれない。 販売会議はドイツ語、セールスした。
に割れまして、ひとつの国で別々の言葉が通用しておる。 法律なんかも二カ国語で書いてありまして、法律の本もフラマン語で書いてある。
そしてその本をひっくり返すと、今度はワロン語で書いてある。 どっちが表か分からない。
上になったほうが表と。 こういうふうな国柄であります。

それから南へ下がりましてスイスへ行きます。 行きますと、今度は四つの言葉があります。
四カ国語が国語になっておる。 皆さん方が日本語だけで済むというのは、非常に結構なありがたいことなんです。
スイスへ行きますと四カ国語が全て公用語ですから「知らん」では通じない。 こういうふうな国でございます。
それからフランス語ですけれども、フランス語は、これはまあラテン語に近いということで、スペイン語もイタリア語もフランス語も大体似たような系統ですから、イタリア人でもスペイン人でもフランス語を聞いたら分かると。 しゃべるのはちょっと正確ではないけれども、そういう似かよった言葉がヨーロッパの南部にはある。
そういうふうに、ヨーロッパは多数言語ヨーロッパの人は、例えばそのオランダ日産の営業部長は七カ国語をしゃべるということでした。 ヨーロッパにはいろんな言葉があります。
私ども、ドイツからフランスへ渡りますと、アルザス地方というのがあります。 これは皆さんご存じないでしょうけれども、戦争のたびにドイツになったりフランスになったりという、取り合いにされた地区ですけれども、このアルザスは今、フランスです。
そこへドイツ語で行きますと皆さん反感を持ってまして、ドイツ語での質問は分っているのに返ってくる返事がフランス語なんです。 私らはなんといいますか行く先の地理を聞いただけですから、まあフランス語でも何とか見当はついた。

こういうふうな経験もしております。 その隣、ベルギーへ行きますと、これはオランダ語の方言でありますフラマン語と、フランス語の方言であるワロン語というのがあって、ベルギーの国が二つそういう環境の中で、私はドイツヘ赴任いたしました。
さっきも言いましたように、自分で切符を買って行ったわけですが、オランダ・アムステルダムの空港へまず降りました。 そこから飛行機を乗り換えてデュッセルドルフへ着任をいたしました。
オランダというのは非常に立派な、スキポール空港というのがありまして、空港の免税ショップに自動車を売っているというふうなすばらしく立派な空港でございます。 そこからデュッセルドルフは近いんで、飛んでる飛行機が非常に小さな飛行機でして、ブルンブルンというプロペラの飛行機でした。
せっかく花の駐在員という思いもしながら来たんですけれども「こんな飛行機で行く、そんな田舎か」ということで、まずはがっかりしました。 次には空がどんよりとして「こんなに天気が悪いのか」というふうな、あんまりいい感じがしなかった国であります。
ける。 こういうふうな時代もございました。
の地方でございます。 今度EU統合になりまして、最近フランスへ行きますとフランス人も英語をしゃべってくれるようになりました。
昔は英語やドイツ語で質問してもフランス語で返事するという、非常に偏屈な人達だったんですが、それが英語をしゃべるようになった。 これはEU統合になったせいであろうというふうに思います。

私がおった頃、商社では入社するとすぐ外国語研修として、一年ないし二年、海外研修に行かざれた。 その時にフランス語を選ぶと「フランス、パリへ行け」。
またドイツ語を研修するとベルリンかケルンかへ行くことになるということだったんです。 そのうちに商社の活動も世界的になってきまして、フランス語をやるとアフリカへ行かされる。
アフリカはほとんど皆フランス語ですから、だから「花のパリもいいけども、アフリカへ行かされるのは嫌だ」と。 こういうふうなこともありました。
ドイツ語をやりますと、ドイツ語はドイツ、スイス・オーストリー・オランダ・ベルギーぐらい。 そのぐらいしか通用しませんから、ドイツ語の研修をすると大体ヨーロッパヘ行た所へ小さなプロペラの飛行機で着陸するということで、がっかりもしたんですが、そんなことは言っておられない。
すぐに前任者との引き継ぎが必要だということになりました。 私どもはタイヤの販売会社でしたから、前任者からいわゆる価格交渉とか品質調査とか、忙しくしております。
そういうどんよりとしへまず行きまして生活したそういう国ともかく「見てなさいよ」ということで前任者がいろいろ交渉して、「はい、こういうやり方でヨーロッパ中全部回ってください」ということで、前任者はもう日本へ引き揚げてしまいました。 それからは一人で、そういうヨーロッパの各代理店と交渉するという羽目になりました。
その時の経験として、ギリシャ人というのは割合よくしゃべるといいますか、よく言いたい放題、言うんです。 ところが前任者の曰く「まあラテンの人はそうだけども、北欧へ行きますとみんなおとなしくって、こっちがあんまりやいやい言うと、みなシュンとしてしまって何も物言わない。

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